失業した「無業状態」に陥ってから私が再就職する時に大切にした3つの心構え

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悲惨な出来事が襲い働けなくなる。そんな時でも社会は何かと言えば自己責任、である。病を抱えて努力するものが報われる社会でもない。以前はフルタイム正社員でしたが、肉体的、精神的にダウンしてしまい会社をドロップアウトしてしまいました。君が回復するまで待っているからとは当然言われず、やめなきゃいけない状況になってしまう。現在は短い時間で働く、ダブルワークで細々と暮らしています。

肉体面が脆いと、働くことに疲れ果ててしまうことがあります。今はそうでもないが、以前は自律神経の影響で座っていても息切れする状態で長時間労働で働くことが難しい状況でした。理解がない人たちは「病気なら病院行って薬を飲んで治せばなんとかなるでしょ」という無関心もある。

本当に働けない状態かと言われればそうではない。数十分ほど横になれば動ける様になります。コイツ普通に動けるじゃん!と、眉を顰める人も中にはいます。休んでないで我慢して働けと思っているんでしょう。肉体的によっていると、精神的にもきつくなります。悪意がなくても冷たい言葉は暴力の様に心身ともに痛めつけます。

健全な精神と肉体を持つ者だけが、働きやすい社会環境だな~と改めて実感しました。この人は働く能力はあるけど、症状が問題だ。クビだろう。その人に合った環境を作ることはできないか?わたし、目線になりますが、限界だきついと感じた時に休めるスペースがあれば、数分で復活することも可能です。冷房や暖房の設定温度で身体に深刻な影響を及ぼすこともあります。

世の中には、わたしより、症状が重くて求職活動を行うことができない方や、さまざまな理由(病気・けが)で働くことが困難な人もいます。働きたくてもまともに働けない若者たちに対する支援は実に少ないように思えます。面接のときに「急に胸とか、背中が張って苦しくて立っていられなく時があります」こんな風に言って雇ってくれるところは、ほとんどない。体に爆弾抱えてる事を隠して、二つの短時間アルバイトをこなし、なんとか生活できています。

無業時代は本当に苦しかった。お金がないストレスで症状が頻繁に起きる。仕方なく実家に戻り精神的な安らぎを得てなんとか症状を改善したけど、無関心な親だったらと考えると恐ろしい。

今年から生活困窮者自立支援制度が始まり、社会のセーフティーネットは昔と比べて、良くなった様に見えるけど機能しているかは疑問である。でも何も支援がないよりマシなんだろう。なんらかの理由で無業に追い込まれた人達が自助努力で踏ん張りがきかない状況を乗り切る手段のひとつであり、明るい未来を築く可能性もある。

とりあえず、社会保障・社会福祉だけに頼らずに自らできることを考えます。

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間違いを犯すことを恐れない

働けない事に視点を変えると、生まれてきたことに虚無感を覚える。無業は決して他人事ではないという実感を持っています。まず履歴書に空白があると、なかなか次の仕事が見つからなかったりして、厳しい状態に陥る。

そんな中やっと新しい職を手にしても仕事で失敗したり、誰でもできるような些細な事を間違えたりすると最悪な気分になります。また耐えきれない叱責を受けると、その場から逃げ出したくなる。働いていれば何度か経験している人も多いはずです。失敗・間違いを生み出してしまうと、自信がなくなり、今までしていた事のすべてが間違っていたのではなかと苦しい思いを抱えてしまい、次にやるべきこに意欲が後退してしまうものです。

失敗って、多くのことを学ぶきっかけになります。感情を押し込んで冷静に自分の状況を見つめ直すと、間違った事は、現状を変えるチャンスになる事に気づかされます。自らできる範疇で小さなことからはじめたり、何度も問題にぶつかることで減らすことが可能です。

失笑されようが、貶されようが、生きる選択が良くなるように積み重ねなくしていくしかない。少しずつ、小さな一歩を踏み出して、問題だと思う課題を克服するために小さなことからコツコツするしかない。

食うために働いてんだ!無理に人間関係を良くする必要はない

わたしは、新しい職場の人間関係にとても悩んでいた時があります。初出勤の日に早く皆となじもうと積極的に話しかけた後、次の日から露骨に冷たい態度が続く、何か相手が不快に思う露骨な事を言ったのだろうかと、考えてみても思い当たるところがまったく浮かばない。馴れ馴れしく接したことがいけなかったのか?口臭でも醜かったのか?本当にどうすればいいのかわからない。そんな人間関係もあります。

何じゃクソばばー何ちくしょうーと汚い言葉を吐きながら、トイレの個室で涙を流したことが何度かありました。

職場は楽しむ場所ではないという考えも必要だろう。良い人を演じる必要もない。皆が仲良しで楽しい職場と過大な期待を持たない方がいい場合もある。職場のいじめが、現実だという認識が必要だと思います。正直、同僚に無視されると精神的にきつい事は理解しているけど、苦労して就職した職場ならそんな事で悩んでいる暇はない。

仕事って何?そう自問自答すると苦しい無業時代を思い出す。家賃や車のローンの支払いで貯金がガンガン減っていく、一週間の食費を2000円に抑えて暮らす。深刻化する私生活、食べる事にも困る。そんなお金がなかった事を思い出します。

社会からあぶれてなかなか仕事にありつけない。長時間勤務が難しいという本人の問題や職歴にブランクがあると、再就職は本当に困難な世の中だな~と感じています。なので、泣きながらでも仕事をやらなければならない。働ける場所があるだけでも有難いと思わなければいけないと思うんです。

仕事=衣食住の安定。身の回りの人とベタっとした。そんな風になりたいと思うような深い人間関係は求めない。

職場の人間関係で悩むより、仕事に集中することが大切です。また不安に思うような感情はいらない。何事も実務的にこなし、ある程度、事務的なコミニケーションさえ取れていればなんとかやっていけますよ。定時になったらさっさと帰宅する。あいつは付き合いが悪いだとか、言われる事もありますよ。まぁ、しんどいですけどね。仕事は苦行だと思ってやるしかない。

現実を受け入れる受け皿をつくっていく

一度「仕事」を失ってしまうと、次を探そうと一生懸命取り組んでも再チャレンジしにくい仕組みになっている。これが社会だという事を受け入れた方が、気持ち的に楽になります。自分はこうだから駄目なんだ・・。って考えるより、食わなきゃいかない、暮らしていかなかなきゃならない。

あいつは努力が足りん!マジでつかえねぇなと、暴力的な言葉をあびて、情けない奴だと罵られる。「あなたもっと頑張りなさいよ」と言う人が大半、この国の仕組みなんだろう。体や心が弱っているときや、運や人間関係に恵まれない場合もあります。人間だから間違いも起こす。

どこにでも意地悪な輩はいる。徹底的な競争を背景に「やっかみ」とか、「不合理な」事が頻繁に起きます。どうしよもない過激な言い回しをする奴は、仕事はもちろん、家族でも、学校でもいます。

つまらない人の言動、残酷な言葉に屈しないために冷静に考えると、やっぱり、物事の焦点がずれている事に気付くべきです。なぜこんな人のために悩まされなければならなのかと、冷静に考えを深めていくと病んだいるんだ。人を貶めるような物言いを聞いていると、そういう風にしか見えないんですよね。

わたしに何か問題があるんじゃないかと、考える事も大切ですが、それ以上に言葉のいじめに悩まされるは、馬鹿馬鹿しいと思いませんか?つまんない人に潰される必要はない。一つ一つの言葉に心が耐えきれない人もいるでしょう。それでも現実を受け入れて、淡々とやるべきことをこなすしかないんです。

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