常識を疑え!将来稼げる教育を必要とする子どもたちへ

a1180_010857_m

小さい頃から必死になって、学校教育を受けた人やうまくコツコツと勉学や将来に向けた知識を蓄えてやるべきことを行なってきた方が大半だと思います。

しかし、将来お金を稼ぐために学校教育を受けたはずだけど、社会の理不尽に会社をドロップアウトしたり、学校に馴染めずに不登校になってしまうてこともあります。中にはカラダが病弱でなかなか思うように人生を歩めない人もいると思います。

すべてがそうと限りませんが、最悪何年もひきこもってしまって、時間を無駄に過ごすことも普通に生きられなくて自分を見失ってしまうこともあります。

たとえば、現代社会は、昔と比べて働く選択肢やサービスが多様になり、自分自身の能力以上に学校や仕事でも多くのことが求められる時代です。「お金を稼ぐことや生きる知恵ついて、子どもに何をどうやって教えればいいのだろう?」というのは、親にとってみては切実な悩みではないでしょうか?

スポンサーリンク

常識を捨てる

これからの時代は、当たり前の常識を考え直す力が大切な能力になると思うんです。

億万長者になる方法とは言いませんが、やるべきこと必要ではないこと別々の情報や学ぶこと、さまざまな生き方を教えて、新しい価値を生み出すことができる。

たとえば、今、教育はネットを利用して世界中の講義や授業を受けられる時代になりました。
引きこもっていても、いつでもどこでも、自分に心理に負担のならない場所から学べる時代です。
海外の方がサービスは多いですが、国内もここ最近多く展開されています。

中には、無料で学べるサービスもたくさんあります。

大人の方達が皆さん普通に当たり前のことやっているからあなたもできないと言わず、しっかり教育を受けなさいという。

皆って誰?周りの友達の中には勉強ができないこともいるし、体が弱くてなかなか運動ができない子もいるでしょ。
中には家庭に不安を抱えている子や学校というコミュニティー馴染め子もいる。

悩みを抱えたり、当たり前の常識をぶつけられて自分の考えを押し殺すことはもったいない。

だから自分らしく、新たな場所を見つけ、そこが耐えられない嫌な場所ならそこから抜け出して、小さいうちに自分の得意な分野で新しい価値を生み出す方向にいかなければならない。

学校は強制ではない

一般的に社会は普通にお子さんに教育を受けさせようと義務教育を与えます。
何事もなく過ごせる子も多いと思いますが、中には子供が学校に通いたくないという場合もあります。

いじめや中には身体、精神に障害を抱えている子もいる。なかなか同級生と馴染めなく、学べなくて、一時期不登校になってしまったり、そのまま何年もひきこもりがちな生活に陥る場合もある。

この状態は正直つらい何が辛いかというと「親からの皆当たり前に学校に通っているのになぜあなたは、こうして何もしないで過ごしているのと何度も説教を食らう」親からしたら愛する子供がこのような状態になったら心配してしまうことは分かります。

行きたくないのに先生、クラスの同級生や行政の支援する方が訪れるとさらに気持ちは落ち込む場合もあると思います。

具体的なことは書きませんが私がそうでしたから誰も自分の分かってくれないという心のあり方が、今ならうまく説得できるでしょうが、当時の無知な小さな器では知識もなく、学もなくただ悩むだけでした。

たぶん、多くのお子さんも物事を考える力や学が足りなくて、現状をどうすればいいのか悩んでしまいます。

でも学校だけが学ぶ場所ではなく、地域の図書館やフリースクールでも学ぶことができます。
朝起きて悩んで過ごすより、図書館に足を運び棚に並ぶ膨大な知識に光を見つけて、他人の考えを読んで、自分なりに考える力にもなりますし、好きなことや興味を引き付ける何かに見つかるかもしれません。

学校は常識を学ぶ場所と言いますが、ちょっと悲観的ですが確かにおちゃめな子、欲張りな子、卑怯でずる賢いなどいろいろ人がいて人間という存在を知る。何もそれだけでなく、読む本の中にも違った価値観や考え方が広がっています。

これはどうすればできるのか、これになる為にはこの道以外にも方法があるんだ。と思想や思考がいい方向へ向かっていくんです。

どの本を選べば良いのかを考えないで、好きなだけ手にとって何気なく取った本があなたの栄養になります。

何も好きなことがないと言っていた頃より好きと言えることが多くなっています。

人と接する居場所は家庭や学校だけではない。
通信教育やフリースクールなどの居場所が地域やサービスがあります。

当たり前ができないなら他の方法を探したり、見つけたりすることが大切だと思います。
少し社会と違っていても良いと考え、多くの選択肢を選びあなたの望むところへ導きいれることもできる。

そこがどうしても耐えられない、我慢ができないならところなら違う場所へ行けば良いのだから、すすんで自ら骨を折る必要もない。

大切なのは、他人と違うということではなく、将来に必要なことに向けた努力に計画を立てたり、行動することが必要になります。

このまま進めば生きずまると思考を悩ますなら違う選択肢を見つければ良いという事です。
一度の人生何があるか分かりません。誰もが望むように好きな職業に就けるとは言えないので、最低限の学は身に付けておいて損はしない。

たとえば、おいしくて、美しい料理を生み出す、調理師になりたいと夢見て多くの事柄を学んできたが、あることがきっかけで、体が不自由になってしまって働けないことが起きてもその学んだ知識や経験は無駄になりません。

病を抱えて長時間の勤務ができない。どうしてこうなってしまったんだと悩んでしまう。好きなことが遠くに行った気持ちになってしまいますが、これは別に心の底から悲観的になるようなことではない。

なぜなら今の時代はインターネット上で活躍できる。ネットを利用してオリジナルのレシピを掲載したり、動画で上げて世界中に発信できる時代です。

たくさんの料理の種類、それこそ日本食から洋食まで何千、何万とひとつのお店では作れないレシピを全部揃えて、「たくさん作りました」と紹介するだけでも、多くの方に役に立つ方法は稼ぎになりますし、人気が出てくればレシピ本を出しませんかと出版社から依頼も来るかもしれません。

お金を稼ぐことは難しい

多くの人が社会に出て自給や月給という時間で報酬得るのが一般的です。
物理的な幸福を得ようとするなら誰よりも豊かになるには多くの代償を支払う必要があり、多くの努力とハードワークに時間の多くをかける。

子供に金銭的幸福を持つようにしたい場合は、自分の子供にそれを忘れないようにしてください。
幸福はお金だけではありませんが、何かを得ることは大小あると思いますが、お金が必要です。将来のお子さんの家族を愛するためにもそれらを教える。

お金持ちになる唯一の方法は他人の問題を解決する方法です。
この人になら相談できる。この人なら私の問題をなくしてくれると感じた場合にだいたいの人はその人のためにお金を支払う。

悩みを解決してくれそうな啓発本を購入するその人に直接お金が入ると同じですね。ネット上の場合も同じですね。たとえば肩こりと検索すると肩こりの解消方法をいくつか見つけると思います。
その記事の中にこの商品がとっても良かったと紹介してそれを購入すると、その人の利益になることもあります。

なので、誰かの役に立つような事や情報を仕事にすることが望ましいという分けです。

親の働く姿を見せる

私は子供のころ、一日だらだら過ごしてい時に、母の仕事現場を見たことがあります。

これがどのように心理に働くのか分かりませんが、私にとってこれは大切な出来事でした。

私は母のオフィスに近いところを一緒に歩いていた。道行く人の特徴が多彩であり、道に座り込んでいる人、視線を少し変えればギター片手に弾き語り人や何売っているのか分からないお店まで色濃く見えた。

興味がある方へ足を向けると知らない人達が近づいてきた話かけてきた。弾き語りの兄ちゃんは少し強引に私の肩にギターを方に回し、小さな両手を掴み一曲弾いた。それはまるで自分が引いているようで斬新な経験だった。

体も心もドキドキ大きく音色をかき消すほど緊張していたが、この体験がギターではないがクラシックやハウスやダンスというジャンルに恋焦がれるまでになった。

ごちゃごちゃな雑貨屋さんの人は、将来のアクセサリー作りのためになった。収入は少ないが指輪やネックレスといった製作に多大な影響を与えた。

脱線してしまいましたが、歩いて行ける小さな地域だけしか見ていなかった私にはいい体験だった。

母が働くオフィスでは数十人の方が机に向かい仕事を行なっていた。

母は私にここの休憩所のようなところへ案内して、ここで過ごすように言った。
言われたとおり、本を読みながら過ごしていたが、落ち着かない場所はそわそわしていまい、ドアのガラスから見える大人達の働く姿を眺めた。その光景はとても良い印象を与えた。

お昼の時間になると母が二人分の昼食を持ってきた。食事をしながら母は子供は、将来必ず大人になります。と言った、今日私達が何しているか具体的に分からなくても何しているか理解できるよね。

今朝食べた朝食や今食べている昼食が出勤して働いたお金で食べているだよ。時間はあなたの最大の資源であり、他人の利益につながっていて、生活する上でお金を使う機会が多くあることを簡単に説明してくれた。

これ以上何も言わずに小銭を渡されてもう帰っていいよと言われ、帰り道にもらったバス賃を握り締めて生きる事は犠牲が必要であり、ものを得るには代償がが必要だと考えさせられた。

まとめ

長くなりましたが、最後に、あなたの子供がまともな人でなければなりません。
異常と決め付けているという分けでなく、自分の子供に道徳や倫理の原則を教えることが大切だということです。

生きていると理不尽な事がたくさんあり、偽善者で恩知らず、裏切る人もいるということを小さいことから間接的に教えたり、一緒に考える価値がある。

困難な状況に陥った時に子供自身で、考え、選択肢する能力が必要です。それらを助けるために突き放して考えさせるか、一緒に考えるかはあなた次第だと思います。

将来自立するために、重要な倫理観を中心に自分たちの生活に見出すことができます。学校や大学を忘れる。親は子供の人生の先生でなければならないかもしれません。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする