不幸な習慣を変えないと、幸福と幸運を引き寄せられませんよ

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偉そうな発言してるけど、人生に行き詰まり、自分は不幸だって思う気持ちってほんとよくないなぁ、と思います。

とにかく、不幸な考えから変えていこう。

生きていると幸せの数より「不幸」な出来事の方が多く、「つらい」と感情的にわかりやいからいつまでも悩んでしまいますよね。

たとえば、自分や近しい人が「精神疾患、事故、病気、介護」になったということが、割と普通に起こります。そして、働けない状況だから金銭的な問題もあります。

今までの人生は順調だったのに病気になってみて、会社を辞めざるを得ない、生活が苦しくなって、あんなに仕事で頑張った意味も失い、毎日が虚しく感じてしまう。

病気になってしまい、仕事を辞めたとたんに収入が途絶えて、今までのモチベーションや原動力が徐々に減っていって、現状にストレスに感じて、日々がめっちゃしんどいって思っていました。

不幸の概念について考えてみると、その時に起きた出来事に対して、自分がどのように受け入れられるかどうかで、幸福・不幸が決まります。

幸福も不幸と同じく非常にとらえどころのない「概念」です。

■自分も幸せかどうかよくわからない。

■現状に満足しているけど、一体何と比較して?。

■物理的には幸せだけど、心が満たされない惨めな自分がいる。

不幸なことが起きると、心に渦巻く不快感を抱えながらぜんぜん先が読めない。そんな状態を認識することが、幸せになることにつながります。

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悩み過ぎない思考を持つ

物質欲のみで人間が動いていたら単なる「動物」。何も考えずに適当な相手と寝て、飯食ってゴロゴロしていればいいけど、実際には目の前で起こることに悩み、悲しみを乗り越えられなれないという事に迷っています。

ある事柄に悩みすぎて、神経が磨り減り精神的にきつくなります。逃げ出したい、もうなんか生きてる心地がしない。不幸感に捕りつかれて身動きができないんですよ。

私たちは幸福とか、不幸とか考えていますが、それは元々人間として備え持つ能力、曇りの無い目で正しく起きたことを受け入れられるかどうかで、その後の人生が変わってきます。

例えば、世の中には何でも完璧にこなす卓越した超人みたいな人がいます。その人達すべてが幸せか、というと決してそうではないけど、世の中のすべての人が何の努力なしに簡単に幸せを得られたらおかしいですよね。

問題解決や目標を達成するために完璧にこなすことが、重要なこともあります。しかし、物事に対していつも「あれは自分に関係ない」「これもメッリトがない」という考えでは、幸福を得ることはとても困難に思えます。

■この人と家庭を持つか。

■アパート、一戸建ての家に住むのか。

■どのようなキャリアの選択肢があるのか。

幸せの見つけ方は人それぞれですが、幸福の瞬間はつかの間。どんなに嘆き悲しい事が起きても、なんで私にこういう災難が起こったのかって、悩まずに頭をフル回転して考えて追求することも必要だと思います。

いつも頭がいっぱいで何を目標として生きればいいのか?そんなことに悩み続けるより、問題があれば行動したり、考えて解決すればいいのです。

いつも何かに不平不満を持っている人達と関わらない

これから深く悩まずに気楽に生きて行こうじゃないのと、思っている時に不平不満を撒き散らす人達に出会います。

会社の中に必ず、人を虫けらのようにけなし、汚い言葉をちくちく言ってくる人がいるはずです。

完全に他人を無視することができませんし、相手が上司なら耳を傾けない選択肢を選ぶことができませんよね。あまり関わらないように接していても憎しみや否定的な感情にイライラしてしまいます。

常に冷静で穏やかに過ごしたいけど、避けられない事情もあります。

日常生活でも不平不満を抱えている人と話をしてしまうと、数え切れぬ程の恐ろしいことを平気で言いますし、世の中不公平だな~とぐちぐち言ってきます。

私は聞いていてけして良い心地はしない、うるせえなぁ~なぜこんな事を言うのかと考えてしまい「ストレスがかかる」んです。

誰でもが不平不満を抱くことは理解できます(国の経済状況、生活の危機感、家庭環境)などの考えや不満を持っています。

ほとんど聞いていて生産的でなく、ただ不満をぶちまけていて現状を変えようとしないまま何年も同じような意見を言い続けている。そんな人たちと付き合っていると、一歩も踏み出せない程に疲れます。

そう、何一つ有意義なものが全然得られないんですよ・・。こんな状況たまったもんじゃないでしょう。

「思い」「言葉」「行動」は全く別。こちらがもっと積極的に行動すればいいじゃないの?と、意見を言っても否定されることがほとんどです。なので、この人との会話は無駄なだと思い、その人と関わらないようにしました。

無意味な情報は遮断したほうが、自分にとって良いことです。この人と、どのように関われば安全に過ごせるかを考える努力も必要になります。

私の場合は、仕事なので、逃げ道が確保されていない。なので、上司の話を聞いてるフリをして、その人が反発するような意見を言わずに「そうですね」と自分の思いを一旦抑えて、余計なことを言わないように割り切っていました。

つまり、ドラマに出てくるいい人を演じればいいんですよ。その人が台本どうり振る舞えるように自分を出してさないことで、ある程度平和に過ごせます。

過去の苦労は変えられない、いつまでも悩まない

長く生きていると、過去に思い出したくない出来事がいくつかありますが、いつまでも、引きずってしまう人もいます。

失敗を分析すると、幸せになることができますか?肯定的に結論を出すと、人生がいい方向に向かいます。

例えば、過去に「病気になったから、以前より収入が減ったと考えるか、収入が減ったけど自由な時間ができた」「何かを学ぶ時間が増えて、以前よりいい仕事に就けるかもしれない」と、考え方が全然違いますよね。

身体が人と比べて弱いけど、それがなんだ!「幼い頃に体が弱くて何年も入退院を繰り返していて、身体を激しく動かすことができないけど、その分いっぱい本を読んだり、勉強して知識が役立つ仕事に就けた」という考えも出来ます。

過去に心から信じてた人に裏切られて人がまったくできない人もいるはずです。「騙されたことで、この人は信じても大丈夫だと、人を見る目が養われた」という風に考えてみる事も大切です。

このように過去の出来事に焦点を当てることで、失敗した理由を恥ずかしい思い出したくないと、考えずに肯定的に思考してみることで、状況はよりよくなりますよ。

他人と比較して、幸せですか。

他人と比べてみると、自分の人生は幸福だ、不幸だと考えてしまう。一般的に、そんな風に他者と自分自身を比較します。

うらやましいと思うことは絶対に悪いことではないけど、これって、自分の土地は、こんなに荒れ果てているのにお向かいの土地は緑豊かで、いいなと羨ましがる感覚なんだろうな~。

努力すれば自分もあんな風になれるかもと、考える思考があればいいですが、あんな風になれないと諦めて「乗り越えられない」と他人を非難したり、中傷することです。

そんな、他人の幸せが自分のものになるものじゃないし、持っていないものに劣等感を得るって本当に「くだらない」ですよ。

その結果、自分と他人を比べてストレスになりますし、自尊心は低空飛行を続ける。

劣等感を抱いているだけでは意味が無く、どうすれば自分の個性を最大限に生かせるのかを、考え・行動する気持ちが大切に思えるんです。

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